【捜索ボランティア】尾畠春夫さん!その生き様に迫る。

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8月13日から10時半から行方がわからなくなっていた二歳の男児、理稀ちゃんが15日早朝に発見された。

発見したのは、地元の人でもなく、警察でもない「ボランティアの成人男性」であるとの報道があった。

今回はこの捜索ボランティアの成人男性が話題となっているので、調べてみた。

↓事件の概要について知りたい方はこちら↓

理稀くんは元気だった!現在の体調は?失踪の原因とは?親にできる対策とは?考えてみた。

2018.08.15

 

 

二歳男児を発見したのは尾畠春夫さん(78)

今回の奇跡を巻き起こしたのは大分県出身の尾畠春夫さん(78)だ。

今回の騒動を聞きつけ家を飛び出したという。

報道陣に囲まれたその人は「小さな命が助かってよかった」と一言つぶやき、涙を流した。

実はこの尾畠さん、災害ボランティアとしての経験も積んでいる神様のような人だった。

 

 

尾畠さんの経歴とは?

大分県出身で、鮮魚店を営んでいたという尾畠さん。65歳で店をたたみ、「残りの人生を人のために役立てたい」と思ってボランティア活動を始めた。

今回も広島での災害ボランティアとして活躍し、一時帰宅していたが報道を見てすぐに行動したという。

団体には所属せず、個人でボランティアを行っており必要資材は全て自費。年間活動120日から140日も活動している。

それ以外にも遭難救助や登山道の清掃なども行っているという。

その素晴らしすぎる経歴を見ると、彼が今まで日の目を浴びずにいたのが不思議に思える。

  • 40歳ごろから始めた趣味の登山をきっかけに由布岳の道路整備のボランティアを行う。
  • 66歳で徒歩で鹿児島から北海道までの縦断に成功。
  • 新潟中越地震の時も、大分と新潟を実に500日に渡って往復してボランティア活動。関係者からは師匠と呼ばれる。
  • 東日本大震災の時も被災者の思い出の品を探す「思い出探し隊長」として活躍。
  • 熊本地震でも、その経験を活かしてスコップの調達の指示出しを行い、貴重な存在となった。
  • 東日本大震災の後も、復興祈願で手押し車だけで日本を縦断したりしている。

もはや今回の一件は、彼のこれまでの経験や行動力がもたらしたといっても過言ではない。

 

 

どうやって見つけたのか?!

 

理稀ちゃんが見つかるまで

・彼は探しに行く直前、理稀ちゃんの家族に対して「見つけたら、私が抱きしめて、すぐにお渡ししますね」と言って山に入ったという。その言葉のずか30分後に理稀ちゃんは発見された。

・大分の佐伯で、2歳の女の子の行方がわからなくなった事件にも関わっており、その経験から「子供は上に行きたがる」「絶対に山の中にいる」と確信を持っていたという。

・山の中に入り名前を呼びながら沢の方へ歩いていくと「おいちゃん!!ここ!!」と理稀ちゃんの声が。そこには沢のほとりにある岩の上に座った理稀ちゃんの姿が。

・その声に一瞬心臓が止まりかけたという。「頑張ったね」と声をかけた。

・飴玉の袋を差し出すと自分で開けることができなかったので、開けてあげた。すると飴玉をボリボリと噛み砕きながら食べる理稀ちゃんを見て、これは大丈夫だと思ったという。

・その後、持ってきていたバスタオルで包み下山した彼は、途中で警察の捜査員と遭遇し「保護しますので、渡してください」と言われたがそれを拒否

・家族と交わした約束を守るため自分で家族の元へと引き渡した。

・彼はその時のことを「口約束も契約と一緒。なんぼ警察がこようが大臣が来ようが関係ない」と話した。

・その上で「理稀ちゃんを見た時の母親はもう声が出ていなかった。。あの嬉しそうな顔は一生忘れられない」と続けた。

当事者ではないが、彼に対して感謝の気持ちが溢れて来る。

 

 

まとめ

今回はボランティアとして生きる「尾畠春夫さん」について書いてきた。

彼は最後に「人の命って重いから。何か手伝いをさせてもらいたいなと思っていた。尊い命が助かってよかった」と語った。

本当に素晴らしい気持ちを持った人であり、調べていても何度も感動を覚えた。

理稀ちゃんが見つかるまでに警察も必死で探し、村の人たちも必死だった。そこに先人の知恵が加わった。無事だったからこそ賞賛を浴びているのも事実だ。

最後に彼は報道陣に「座右の名は?」と聞かれ、

「朝は必ず来るよ。」

と答えたという。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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2018.08.15